B:虐殺の曲芸師 ジャグラー・ヘカトゥーム
これはヌベイ旧鉱山が、現役だった頃の話さ。坑道の暗がりの中で、子どもの幽霊を見たという目撃情報が、数多く報告されていたそうだ。霊の正体について、やれ、昔起こった落盤事故の犠牲者だとか、陶芸家に頼まれて土を運び続けている労働者の生霊だとか、様々な噂が立てられたらしい。一方で、最近、気になる古文書が発見された。そこには、幽霊騒ぎが起こる直前に、ナバスアレンの魔道士が、失敗作の使い魔を、坑道の奥に投棄したと記されていたのさ。
そんなわけで地元民は、こう噂している。投棄された使い魔「ジャグラー・ヘカトゥーム」が、多くの人々を坑道に誘い込み、虐殺していたのではないかとね。
~ナッツ・クランの手配書より
https://gyazo.com/55f7380d42380457e48756ccd1804685
ショートショートエオルゼア冒険譚
「じゃぁ…、あたし達は何の罪もないジャグラー・ヘカトゥームを?」
あたしはショックで眩暈を覚えた。
「何の罪もない訳じゃないさ。現に商隊や人が襲われたケースもあるんだから」
男は軽い調子で宥めるように言った。
こんな下品な奴に嵌められるなんて…悔しくて唇をかんだ。
「あんた・・・・知ってたん?」
相方が鋭い批難の目を向けながら男に聞いた。
「さぁな」
男はすっとぼけた顔で体ごと横を向いた。あたしはテーブルを両手で叩き、椅子を倒しながら乱暴に立ち上がると報酬も受け取らずに早足で店を出た。
あたしが聞いていた話ではジャグラー・ヘカトゥームは女性や子供をターゲットにして大量虐殺を繰り返した凶悪な魔物だという話だった。
遡ること旧ナバスアレン王朝の時代、ヌベイ鉱山がまだ現役として稼働していた頃の話。
ヌベイ鉱山はナバスアレン有数の採掘量を誇る大鉱山で、その数多い枝分かれした坑道の中でも最も深くまで掘り進められたが結局鉱脈は見つからずそのまま放棄された坑道があった。
その放棄されて以来誰も立ち入らなくなったその坑道で惨たらしい大量殺人があった。犠牲者の数は100名を下らない。現場の状況から犯行現場はこの廃道、いずれも周辺の集落や炭鉱夫が住む集落などに住む若い女性と年端もいかない子供たちだった。何故そんな人も寄り付かないような廃道に女性や子供が入って行ったのか。その手口も犯人の目星さえつかず、そのまま何年も未解決のまま過ぎた。そしてナバスアレンを騒然とさせたこの事件が風化してしまいそうな頃、またもや人の寄り付かなくなった廃道で同じ手口で女性や子供が大量に殺害される事件が起こった。恐らく同一犯だろうと囁かれたが結局この事件も迷宮入りとなってしまった。それ以来坑道の暗がりにいるはずのない子供の姿を見る者や坑道の奥から聞こえるはずもない複数の若い女性の断末魔のような声が聞こえたという報告が多発し、恐れを抱いた炭鉱夫は次々とヌベイ鉱山を後にした。炭鉱夫のいなくなったヌベイ鉱山はいつしか寂れ、光の氾濫を機に完全に閉山したのだという。
ところが近年になり、ナバスアレンの遺跡から国内最高とうたわれた魔導士の記した古文書が見つかった。魔道士の中には使い魔として魔物を召喚したり小動物を魔法で縛ったりして使役する者がいる。当然呼び出せる魔物は術者が制御できる程度の魔物に限られるので術者より力が劣る魔物となるのが相場だが、往々にして使い魔を使いたがる魔道士というのは自信過剰で見栄っ張りなので、術者の方が自分の力量を勘違いしているケースが多い、というかその殆どがそうなのだ。そういう場合は呼び出した魔物が例え分相応でも、術者にすれば納得がいかず、傲慢な魔道士は呼び出した使い魔を、自分が創造した訳でもないのに失敗作とか出来損ないとかと呼ぶ。この古文書を書いたナバスアレン最高の魔道士だという彼の文章にも「出来損ないの使い魔をヌベイ鉱山の坑道の奥に投棄した」とのその「傲慢な定型文」が記されていた。
その投棄した場所と時期が事件の現場と発生時期と合致していたことからも、使い魔として呼び出されたものの、失敗作として投棄された使い魔「ジャグラー・ヘカトゥーム」が、魔物の本能か投棄された恨みかは分からないが多くの人々を坑道に誘い込み、虐殺していたと考えて間違いないという話だった。
念のため無関係な人にも話を聞いてみたが、概ねこの話に嘘はないようだった。
投棄されたことは不憫だが、いずれにしても幼子にまで手をかけたジャグラー・ヘカトゥームに同情の余地はない。そうしてあたし達はジャグラー・ヘカトゥーム討伐の仕事を受けることにしたのだった。
しかし、いざ討伐に成功し蓋を開けてみればこの事件の真相は、実は遠縁ではあるがナバスアレンの王族の青年が民を見下す差別思想と暴力的興味本位で行った残虐な凶行であり、遠縁とはいえ王族であるがゆえに罪に問われず、尚且つ王族の名誉を守るために厳しい緘口令と情報統制が敷かれ一般には伏せられたまま、挙句、皮肉なことに光の氾濫にのまれ、事実は闇へと葬られたのだと知らされたのだった。
人と魔族ではその倫理や価値観に相当の違いがあるが、知能のある魔族にも自我はある。人に危害を加えている以上どのみちいつかは討伐されたのだろうが、実際は関りがなく、当然身に覚えもない凶悪事件の汚名を着せられ意味も分からず誅殺されるなんて何とも切ない。そして何よりこの低俗な作り話に踊らされたことがモブハントを続けてきたあたし達の自尊心を大きく傷つけた。